最近思ったこと。

もう地震も何も過去のことって考えていることが増えてきた気がするので・・・。

先日名古屋入りした時にも利用した中央東線だが、甲府盆地に下って行く勝沼から塩山
までの区間も大好きだが、とりわけ竜王から富士見にかけての勾配区間が大好きだ。
勾配を上って行く時のMT54のモーター音が心地よさを増幅させてくれる。

何せこの区間、標高200mの甲府盆地から富士見の1000mまで上るんだから、
スカイツリー以上の高低差があるんだからすごい。

そしてここを通る度に、どうして中央線はここを通したのだろう?と思う。

国道20号線は丘陵地の下を流れる川に沿って上って行くが、
鉄道は韮崎から丘の上によいしょっと、よじのぼり、こんどは丘の上にS字カーブで
緩勾配をつくりだして高度を稼いで行く。日野春、穴山、新府あたりがその典型だ。

多くの人は下り列車なら左の甲斐駒ケ岳、右手の八ヶ岳の秀峰iに目を奪われがちだが、
古墳にして小さい小山があるのに気づく人は少ない。これは「流山」というものだ。

流山とは、主に山が崩れたときに流れて来た、山を作っていた岩石の堆積物。
つまりこれは、八ヶ岳火山がその昔山体崩壊をおこし、こんな麓にまで、
これほど大きな岩滓を流して来たということの証左なのである。怖いでしょ?
もっとすごいこと言っちゃうと、この電車が走っている丘、それ自体が八ヶ岳
噴火?山体崩壊で出来たもの、といってもいいものなのだ。(やや誇張を含む。)

大日本帝国憲法ができた1889年には、福島県磐梯山が山体崩壊し、麓の村は全滅。
今もって桧原湖とかの下に村人とともに当時の村が埋まっている。
ほかにも鳥海山雲仙岳など、日本には山体崩壊の例は各地に、しかも結構ある。

富士山についても、地学を深く学んだ者には常識であった山体崩壊についても
とうとう触れられるようになった。静岡大学・小山先生のツイッターの画像を
ご覧いただこう。  http://twitpic.com/b5ux3f

このページもなかなかおもしろい。セントヘレンズの動画は大迫力だ。
山体崩壊がおこったら逃げられないということが分かるだろう。

では我々はどうすれば良いのか?
山体崩壊のような、頻度の極めて低い大災害についてはあまり考えなくても
良いのではないかと私は思っている。というよりも、麓に住むかぎり、
この災害に対しては、対策のとりようがないと考えているからだ。

もし対策をとるのであれば、山体崩壊は噴火時に起きることが多いので、
噴火か始まったら、もしくは噴火の兆候がみられたならば、即座に居住地を一時的に
離れるという対策しかないだろうと考える。

避難しろと簡単に言うが、しかし仕事もあるし、家もあるわけだ。
そうそう簡単に逃げられない。それもわかる。

しかし災害で生き残る為には、そういった兆候を自分で「感じ」られ、そして
一時的に仕事をなげうつ「瞬発力」があるかどうか、だろう。
生き残るのは、自分の判断に基づいて、即座に行動に移すことが出来る人たちのことだろう。
津波に流されなかった人は、もしかすると・・・と考え、自分で行動した人たちだ。

ここで大きくブレーキとなるのが「同調性圧力」である。

災害を大きなものとして感じられれば、それまでの生活との間に
スラッシュ(/)が入ったのだと納得できるし、いやたいしたことないよ、
と判断すれば、スラッシュを入れず、それまでの生活を延長することが出来る。

私は2011年3月15日夜の富士山直下の地震で、大きなスラッシュが入る可能性が
極めて高まったと考えて名古屋ベースの契約に動いたわけだが、
今のところ幸いなことに遊びの「ベース」となっている。
富士山については以下のデータをご覧ください。

このまま地震も、噴火も、日本経済の恐慌もなければいいな・・・と思うものの、
「備えよ常に」というボーイスカウトの教えに従っているのである。

なんとなく、地震津波放射能も気にしなくなっている人が多くなってきていると
感じるようになってきたので、今日はこんなこと書いてみました。